畑の家という居場所の活動をしていて痛切に感じるのが、家族を超える関係を地域の中につくる、ということ。
「同じ釜の飯を食う」ということが、大きな役割を果たせるような気がしてならない。
寂しく親を待たなくても。
一人で食事をしなくても。
年齢も国籍もしょうがいも状況も、そんなことは関係なく。
おかえりなさい、ただいま、と言い合える関係で。
つましくも、一緒に食事をつくり、温かく食べられる。
そんなところをつくりたい。
そんなことを妄想し、どうしたら事業化できるだろうか考えている。
それを、少しづつ話し始めたら、またいろんな人に出会えるようになってきた。
たくさん考える。たくさんたくさん妄想する。
そして。
始める。