2012年11月18日日曜日

流行り

畑の家で今流行っているもの。
パズル。



15×15のマスに、数字が書いてあり、その数字と同じ数のマスを線で囲っていくもの。
Sさん自作のパズル。
結構難しいのだ。
だから解くのに集中してしまう。
すると作者のSさんは 退屈〜! と、うなる。

考えた方が良いのか、直感なのか。
解き方に性格がでるのですよ、これが。

気づきの旅 2 遠野へ

10月24日夕方、遠野へ。
目的の場所、クイーンズメドウ・カントリーハウスへ到着。
西村佳哲さんが、森田秀之さん、津田直さん、という方たちにも声をかけてくださってご一緒する。

遠野は南部曲り家と呼ばれる、母屋と馬屋が一体となったL字型の住宅で有名なところ。
馬と一緒に生活をする文化をもっている地域。
今では、馬も激減し、南部曲り家も姿を消しているらしい。
クイーンズメドウは、現代版の馬付き住宅を提案するため、建物だけではなく、山や畑、田んぼ、貯水池、水路など、時間をかけ、つくり続けている。






 田瀬さんに、広い敷地を案内していただいた。

田瀬さんたちが長い時間をかけてつくりだしてきたもの。
でもかつてはそこに生活があったことが見える。
こんな山の中。
そこに田んぼがあったりするのだ。
大きな石をどかし、その石を石垣に利用し、
動かせないほどの石は島のように田んぼにあり。
どのくらい前の人たちの仕事なのかわからないが、棚田がつくられていた。
そこは今、田瀬さんたちが稲を育てている。

 遠野へ発つ数日前に、町田市小野路の荒れた谷戸田を再生した農家の方の話しを聞いていた。

谷戸から始まるのです。
そう話されていた。
水が湧くところから田んぼをつくるのだと。
農家は、外から材を持ち込まず、そこにあるものを利用して何代も自然と折り合いをつけながら守ってきたのだ、と。
その方は、農家が伝えてきた手法が途絶えるかも知れないから、自分たちが今頑張るんだ、とも話されていた。

遠く離れた遠野で、その話しをかみしめていた。



田瀬理夫さん、西村佳哲さん、森田秀之さん、津田直さん、そしてやぼろじから和久さんが、それぞれその仕事をプレゼンした。

才能にあふれ、そしてそうとうに個性的な人びととご一緒している幸せを感じずにはいられなかった。




馬たちは、穏やかで、あたたかで、香しかった。
クイーンズメドウの馬たちももちろん素晴しかったが、最後に案内していただいた市営の放牧場で出会った馬たちも素敵だった。
最初は警戒したものの、大丈夫と感じると心をゆるし、そばに近寄ってきてくれた。
ゆっくりなでていると何故か涙が。
不思議なことに泣いているのは私だけではなかった。


東京へ帰る。
自分がしたいことは何か。
わかっているつもりだった。
迷いとは違う。
でも更に考えている。






2012年11月14日水曜日

気づきの旅 1 陸前高田へ

気づけばもう三週間が経ってしまったのか。
自分のなかで、どう文章にしてよいのか整理がつかないまま。
ぼんやりとしていたものが、ようやく見えてきた。

先月10月23日の夕方、やま森カフェでの仕事を早あがりして、陸前高田へと向かった。
本来の目的は、『農業・農地を活かしたまちづくり事業』の参考にするべく、
岩手県遠野市にある「クイーンズメドウ・カントリーハウス」を訪ね、
田瀬理夫さんにお会いし、その仕事を見せていただくことだった。
wakuworksの和久さんが、5月に西村佳哲さんと田瀬理夫さんに案内いただいて訪ねた後、
その素晴しさを聞いて、行ってみたかった。
百聞は一見に如かず。

遠野まで行くのなら、陸前高田まで足をのばし、
そこで活動している「なつかしい未来創造株式会社」の中野さんに会いに行こう、ということになった。

陸前高田。
行ったことの無いその場所は、それでも私にとって特別の場所だった。
20数年来の友人の故郷。
深夜に一関に到着し、翌日陸前高田へと向かった。

一関から陸前高田に向かう途中は、何事も無かったかのように平穏な農村風景。
それが、山を下り、視界が開けてくると…。

どこにも海が見えないところでさえ、津波の被害の痕が残っている。
もう1年8ヵ月もの日々が過ぎているというのに。

市役所だったところはまだ取り壊されておらず、たくさんの花束が手向けられていた。
祥月命日に訪れる人もいるとのこと。
捜索終了、の文字。
美しい花々。

がれきがきれいに処理されていた。
コンクリート、鉄くず、木材。
本当にきれいに分別されていたのだ。
そして、布。
たくさんの布が積み上げられているのをみて、涙がこぼれてきた。
こんなふうに分別していった人たちの心持ちを考えると。
どれほどの悲しさだっただろうか。
どれほどの虚しさだっただろうか。
希望は見えているのだろうか。

渦巻く思いだけがあった。
そうしてあちこちを見て回った。
最後は、女の人たちが運営している「りくカフェ」。
何を飲んでも300円。
テーブルの上には全国から送られたお菓子が並んでいた。
さほど広くはない店内だけれど、それでも人が集まり、話しをすることができる。
がれきを見ないでも済む時間。
誰かと一緒に楽しく話せる時間。
そこに行けばあの人に会える、ということ。


中野さんは、お母さんたちが集って働ける食堂をつくりたい、と話されていた。

苦しさを乗り越えることは難しい。
でも、隣に寄り添う人がいることを感じられるのなら。
せめて明日まで。
生きていてもいいと思えるかも知れない。
崩れ落ちそうになる自分のつっかえ棒になるのかもしれない。







2012年10月17日水曜日

日本蜜蜂 その後の後 蜜蠟づくり

コミュニティガーデンみんな畑に設置していた日本蜜蜂の巣箱が撤去されたことは以前ブログに書きました。

その後。

なんと巣箱を設置していたTさんに、蜜と巣を分けていただいたのです。
蜜は黒みを帯びています。


たくさんの植物の蜜で構成されているのでしょう。
濃厚な味がします。
朝に飲むように、との注意をいただきました。
みんな畑のメンバーにも少しではありますがお裾分け。
売っている蜜とは明らかに違う美味しさ。
日本蜜蜂の蜜。
本当に幸せな味です。

さて。
巣の方ですが。
蜜ろうを取り出すことにしました。
取り出すと言っても、巣の塊に水を足して煮て漉して、の作業の繰り返しなのですが。

畑の家の活動日にいよいよ作業です。


巣を鍋に入れます。
ハニカム構造が見えますね。
蜂の子が結構たくさんいて。
信州なら食べるのか?!など思っても私たちはどうしようもなくて、ごめんなさい。
水を三分の一程入れて煮始めます。

程なく巣が融け始めます。
この写真でも見えますが、蜂の子や、糞なのでしょうか、黒いものが浮いてきて、グロテスクな様相。

ぎゃー。
なんだよこれー。
と、約一名騒いでいました。
遠巻きにね。

漉したらこんな感じ。

作業中、ずっと甘ーい香りが漂っていて。

最初は楽しんでいたけれど、ちょっと気持ち悪くなる程の甘い香り。
ミツバチの生産物だからねー。



固まった蜜ろう。
鍋にへばりついた蠟もこそげ落として。

もったいない婆さんになってるよ、と言われてしまったけれど、蜜蜂の上前をはねようとしているんだからしょうがない。
しかも、世間に出回っているものは西洋蜜蜂のものが大半なので、日本蜜蜂の蜜や蜜蠟はものすごく貴重なのでありますよ。
もったいない婆さんにもなるのです。

ホホバオイルなどをいれて蜜蠟クリームも良いし、蠟燭をつくっても良いし。
何をつくるか。

蜜蜂さん。
ほんとうにありがとう。

2012年10月12日金曜日

誕生

友人の娘さんが男の子を産んだ。
助産院で出産し、昨日自宅へ帰ってきた、というので、
みんな畑の元気野菜を食べてもらおうと出かけていった。
なんのことはない。
赤ちゃんの顔が見たかったのだー。

娘さんのSさんとは、Sさんのお母さんより先に出会った。
選挙での出会いだった。
雨が降っていた。
まだ若くて(今も若いけど!)初々しい声でアナウンスをしていた。
気持ちの熱い人。

その後、お母さんと知り合った。

それから何年も過ぎ、いろんなことがそれぞれに起こり、そしてあの初々しかったSさんがお母さんになった。


顔を見にいったのに、私がお風呂にいれることになった。

別にせっけんつけなくていいよね。
毎日お風呂いれてるんだもんね。
はいはい、そうだよね、びっくりするよね。
気持ちいいよね、ねー、はい、あごの下洗いますよー。

小さな小さな身体。
手を、足をばたつかせ、身体をよじり、懸命に自分の気持ちを伝えようとしてくれる。
泣き声もことばのように伝わってくる。


ありがとう。
おめでとう。


今日のみんな畑

野の暮らしが運営している「みんな畑」は、個人の区画をつくっていません。
市民農園や体験農園のように個人区画制にして、指導はするけど自己責任で、ということに私自身が違和感があったからです。

もちろん、市民農園や体験農園を批判したり否定するつもりは毛頭ありません。
いろんな形があった方が選択の幅が広がるし、その人その人の事情や都合で決めれば良いことだから。

私は、全体を参加者で一緒に作業し、一緒にお裾分けし、ということに意味を見いだしたから、コミュニティガーデンとして恊働の畑にしています。

さて。

ジャングル化していたトマトを整理した後、種蒔きに精を出しています。
大根、キャベツ、ブロッコリー、白菜、小松菜、ホウレン草、山東菜、ターサイ、水菜等々。

写真は小松菜。
芽を出してくれると本当に嬉しい。
これを少しずつ間引きながら育てていきます。
今日も大根の間引き菜をみんなで持ち帰り。
塩揉みにしても、味噌汁に浮かべても。
美味しさをいただきます。

ブロッコリーには青虫ちゃんがつくけど、薬は使わず、手で(手袋してますけど)取って、さよなら、してます。

野良仕事が気持ちのよい季節になりました。
霜が降りる前に、まだまだあれやこれやの作業が待っています。

美味しく育った野菜は参加者へのお裾分けや、やま森カフェのごはんに使われます。



誰でも参加できます。
金曜日の午前中を、コミュニティワークの時間にしています。

参加されたい方はこちらにご連絡ください。
野の暮らし vinerose0603@gmail.com

2012年10月11日木曜日

日本ミツバチ その後

9月22日の土曜日。
畑で作業をしていたら、久しぶりにミツバチの箱を置いているTさんが現れた。
蜜を取るとのこと。

やったー、ラッキー 、てな感じで作業を手伝った。

時期が遅かったのか、板が抜き取れない程に成長していた。
下の方にせり出しているのも蜂の巣。
















日本ミツバチに刺されたことはない。
でも一応顔は覆って。

なかなか抜けない板をなんとか取ろうと四苦八苦。
このとき既に巣箱から下に蜜が漏れ始めていた。


そうこうしているうちに何だか聞き慣れない羽音が聞こえてきた。

なに?

辺りを見回す。
確かに聞こえる。

あ!!
スズメバチが2匹!!

ものすごい数の日本ミツバチを恐ろしいとは思わないのに、たった2匹のスズメバチに恐怖を感じた。
じっとみていると。
なんと、日本ミツバチをさらっていってしまった。

そして。


蜜をいただいた。
濃厚なとても美味しい蜜だった。
蜜蝋も。

幸せな気分。

だった。




それから数日後。

巣箱の周りに、まるでストーカーのようにスズメバチが張り付いていた。

そして日本ミツバチの気配が全く無くなってしまったのだった。

そのうち、巣箱の中からもスズメバチが出てくるようになったのを見た。

そうして巣箱を撤去することにした。

なんだか複雑な気持ちでいる。


蜜を取るために巣箱は置かれた。
でも蜜を取ったがために日本ミツバチは全滅した。
スズメバチだって自然界に生きているもの。
弱肉強食、といってしまえばそうなのだけれど。

良いこととと悪いことが 背中あわせに存在している。

畑の中で学んでいる。